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「覚えていらっしゃい、――小松はきっとあなたを自分のものにします、たとえ死骸にしてでも、きっとあたしのものにしてみせます、ようございますか」【正雪記】小松

「人間が自分から好んですることには罪はないんだ、自分がそうしたくてすることは、その人間にとってはすべて善なんだ。反対に望みもしないことを望むようにみせたり、自分で信じないことを信じているようによそおうことこそ、罪であり悪というんだ」【栄花物語】信二郎

彼は山を眺め、空を見あげ、それから利根川の流れを見た。空は薄く絹を張ったような青で、ところどころに白く、ゆっくりと断雲が動いていた。川の水は澄みとおって、汀に近いところは底の小石が透いて見える。——対岸の河原も枯れた芦の茂みがひろがり、土堤の上を一人の農婦が、馬に荷車を曳かせて、川上のほうへ歩いていた。【天地静大】

「人間が食う心配に追われだしたらおしめえだ、食うってことは毎日だし、生きてる限り食わなくちゃならねえ、そんなことに追われていて男が一生の仕事ができるもんか、おらあそんな心配をしたことあ、一遍もありゃあしねえ」【正雪記】又兵衛

ただ繰り返して云うが観ることを忘れぬように、いいか、――自分の勘にたよってはならない、理論や他人の説にたよってもならない、自分の経験にもたよるな、大切なのは現実に観ることだ、自分の眼で、感覚で、そこにあるものを観、そこにあるものをつかむことだ【正雪記】

人は誰でも、他人に理解されないものを持っている。もっとはっきり云えば、人間は決して他の人間に理解されることはないのだ。親と子、良人と妻、どんなに親しい友達にでも、――人間はつねに独りだ。

ただ繰り返して云うが観ることを忘れぬように、いいか、――自分の勘にたよってはならない、理論や他人の説にたよってもならない、自分の経験にもたよるな、大切なのは現実に観ることだ、自分の眼で、感覚で、そこにあるものを観、そこにあるものをつかむことだ【正雪記】

これが正しいという信念にとらわれると、眼も耳もそのほうへ偏向し、「正しい」という固執のため逆に、判断がかたよってしまう【ながい坂】

――胸いっぱいに溢れてくる烈しい情熱。昼、お徒士町で計らずも浅二郎の真の姿を見た刹那から、堰を切ったように燃えはじめた愛情のほのお。生れて初めて感ずる抵抗し難い欲求に、彼女の体は熱い烈しい悶えに悩んでいるのだった。【入婿十万両】

おれは小三郎の昔から独りだった、いまも独りだしこれからも独りだ、なにかするには男はいつも独りでなければならない【ながい坂】三浦主水正

怒りが爆発した。全身の血が燃えるように感じられた。あれほど念を押し、二度まで誓言して置きながら、今になって獺のように逃げるとは、 「市之丞、やらぬぞッ」 伊兵衛は空に向って叫んだ。【新女峡祝言】伊兵衛

怒りが爆発した。全身の血が燃えるように感じられた。あれほど念を押し、二度まで誓言して置きながら、今になって獺のように逃げるとは、 「市之丞、やらぬぞッ」 伊兵衛は空に向って叫んだ。【新女峡祝言】伊兵衛

かなしいな、と彼は思った。男と女との結びつき、良人となり妻となることもかなしいし、二人のあいだに交わされる昂奮や陶酔や、さめたあとの飽満もかなしい。肌と肌を触れあい、同じ強烈な感覚にひたりながら、しんじつ二人がいっしょになることはないのだ。【虚空遍歴】

青みを帯びた皮の、まだ玉虫色に光っている、活きのいいみごとな秋鯵だった。皮をひき三枚におろして、塩で緊めて、そぎ身に作って、鉢に盛った上から針しょうがを散らして、酢をかけた。……見るまに肉がちりちりと縮んでゆくようだ、心ははずむように楽しい、つまには、青じそを刻もうか、それとも蓼酢を作ろうか、歌うような気持でそんなことを考えていると、店のほうから人のはなし声が聞えて来た。 【柳橋物語】

政治と一般庶民とのつながりは、征服者と被征服者との関係から、離れることはできない。政治は必ず庶民を使役し、庶民から奪い、庶民に服従を強要する。いかなる時代、いかなる国、いかなる人物によっても、政治はつねにそういったものである。【山彦乙女】

法師川は雪解けの水でふくらみ、水際にはびっしりと、みずみずしく芹が伸びていた。朝の陽を浴びた河原は暖かく、猫柳はもう葉になっていた。つぢはあやされるような気分になり、少女のころを思いだしながら、吉松を河原に坐らせて、芹を摘み、蓬を摘んだ。【法師川八景】

私が書く場合に一番考えることは、政治にもかまって貰えない、道徳、法律にもかまって貰えない最も数の多い人達が、自分達の力で生きて行かなければならぬ、幸福を見出さなければならない、ということなのです。一番の頼りになるのは、互いの、お互い同士のまごころ、愛情、そういうものでささえ合って行く…………… これが最低ギリギリの、 庶民全体のもっている財産だと私は思います。(「お便り有難う」 1960年)#fedibird

じじじと油皿の鳴る音がして、ついに行燈の火がはたと消えた。部屋は一瞬まっ暗になったが、やがてほのかに薄明のように光がうきだしてきた。 窓の障子が、いっぱいの雪明りだった。【山女魚】

「――おめえはな、さぶ、おれにとっては厄介者どころか、いつも気持を支えてくれる大事な友達なんだ、正直に云うから怒らねえでくれよ、おめえはみんなからぐずと云われ、ぬけてるなどとも云われながら、辛抱づよく、黙って、石についた苔みてえに、しっかりと自分の仕事にとりついてきた、おらあその姿を見るたびに、心の中で自分に云いきかせたもんだ、――これが本当の職人根性ってもんだ、ってな」 【さぶ】栄二

野の鳥は違う、野山の鳥に餌を呉れる者はない。かれらは他の強敵とたたかいながら、自分で餌を捜し、自分で拾わなくてはならない。そして餌は常にどこにでもあるのではないし、少ない餌を奪いあう場合が多く、まったく餌のないときでも、助けて呉れる者はいないのだ。【ながい坂】

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