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「高慢だな、その考えかたは」「おれは恥じているんだぜ」「いや高慢だ、自分で自分を裁くのは高慢だ、本当に謙遜な人間なら、他人をも裁きはしないし自分を裁くこともしないだろう、侍がおのれにきびしく謙遜で、人には寛容であれというその考えかたからして、腰に刀を差し四民の上に立つという自意識から出たもので、それ自身がすでに高慢なんだ」【虚空遍歴】生田半二郎

「——薬草ばかりじゃあねえ、人間だって町でくらせば精分がぬけちまうさ、そうしちゃあいけねえ、こうしちゃあいけねえ、それはだめだあれはだめだって、つまらねえことにがんじ搦めにされて、しょっちゅうあいそ笑いをしたり世辞やおべっかを使ったりして、ろくさま**も立たねえような腰抜けか、きょときょと眼を光らせている小猜いくわせ者になっちまう、町に住んでるやつらはみんなそうだ、みんな鋳型にはめられて、面白くも可笑しくもねえ人間になっちまう、おらあそんなことはまっぴらだ」 【ながい坂】大造

「——薬草ばかりじゃあねえ、人間だって町でくらせば精分がぬけちまうさ、そうしちゃあいけねえ、こうしちゃあいけねえ、それはだめだあれはだめだって、つまらねえことにがんじ搦めにされて、しょっちゅうあいそ笑いをしたり世辞やおべっかを使ったりして、ろくさま**も立たねえような腰抜けか、きょときょと眼を光らせている小猜いくわせ者になっちまう、町に住んでるやつらはみんなそうだ、みんな鋳型にはめられて、面白くも可笑しくもねえ人間になっちまう、おらあそんなことはまっぴらだ」 【ながい坂】大造

職人としてもまだいちにんめえにはなっちゃいねえ、――さぶ、おめえの気持はよくわかるが、おれたちにいま大事なのは自分のことだ、ここ二、三年でおれたちの一生がきまるんだ、 【さぶ】栄二

「人間の命ほど大事なものはないが、その命は世の中ぜんたいのつながりと切りはなすことはできない、世間の道徳や秩序をふみにじって我欲をとおす者は、おのれでおのれの命を打ち砕くようなものだ」【改定御定法】中所直衛

「本当の親か、本当の子かなんてことはね、誰にもわかりゃしないんだよ」良太郎は仕事に戻りながら、いかにもやわらかに云った、「お互いにこれが自分のとうちゃんだ、これはおれの子だって、しんから底から思えればそれが本当の親子なのさ、もしもこんどまたそんなことを云う者がいたら、おまえたちのほうからきき返してごらん、――おまえはどうなんだって」【季節のない街】

男が自分の仕事にいのちを賭けるということは、他人の仕事を否定することではなく、どんな障害にあっても屈せず、また、そのときの流行に支配されることなく、自分の信じた道を守りとおしてゆくことなんだ 【虚空遍歴】中藤冲也

「伊曾保物語とは聞かぬな」「異国の賢者のことを書きましたもので、鳥獣虫魚のことに托して世態人情の善悪表裏をまことに巧みに記してございます」伊曾保物語とはいうまでもなく「イソップ物語」である。ずいぶんはやく、すでに文禄年間に翻訳されていたし、ついで慶長本、元和には活字本まで出ていた。【鏡】

ただ繰り返して云うが観ることを忘れぬように、いいか、――自分の勘にたよってはならない、理論や他人の説にたよってもならない、自分の経験にもたよるな、大切なのは現実に観ることだ、自分の眼で、感覚で、そこにあるものを観、そこにあるものをつかむことだ【正雪記】

たいせつなのは身分の高下や貧富の差ではない、人間に生まれてきて、生きたことが、自分にとってむだでなかった、世の中のために少しは役だち、意義があった、そう自覚して死ぬことが出来るかどうかが問題だと思います、人間はいつかは必ず死にます、いかなる権勢も富も、人間を死から救うことはできません、―――そして、死ぬときには、少なくとも惜しまれる人間になるだけの仕事をしてゆきたいと思います【日本婦道記 風鈴】

「——そのもとにはおちつく場所はない、そのもとに限らず、人間の一生はみなそうだ、ここにいると思ってもじつはそこにはいない、みんな自分のおちつく場所を捜しながら、一生遍歴をしてまわるだけだ」【虚空遍歴】賤ヶ岳の老爺

もっと人間らしく、生きることを大事にし、栄華や名声とはかかわりなく、三十年、五十年をかけて、こつこつと金石を彫るような、じみな努力をするようにならないものか、散り際をきれいに、などという考えを踵にくっつけている限り、決して仕事らしい仕事はできないんだがな【天地静大】水谷郷臣

かなしいな、と彼は思った。男と女との結びつき、良人となり妻となることもかなしいし、二人のあいだに交わされる昂奮や陶酔や、さめたあとの飽満もかなしい。肌と肌を触れあい、同じ強烈な感覚にひたりながら、しんじつ二人がいっしょになることはないのだ。【虚空遍歴】

子供を産んだことのないお乳は豊かに張りきって大きいし、腹部は臨月の女のように大きく、たぷたぷにくびれて垂れるから、いつもお臍の下のところを晒木綿で縛ってある。お弟子たちはこれを「お師匠さんのおなかの腰揚げ」といっているが、これはおしずの口から出たものであった。【妹の縁談】

人間は独りで生きているのではない、多くの者が寄集まって、互いに支え合い援け合っているのだ、——おまえは着物を着、帯を締めているが、それは自分で織ったのではなかろう、畳の上に坐っているがその畳も自分で作ったものではない、家は大工が建て、壁は左官が塗った、百姓の作った米、漁師の獲った魚を食べている、紙も筆も箸も茶碗もすべて他人の労力に依るものだ、おまえにとっては見も知らぬこれらの他人が、このようにおまえの生活を支えている、わかるか【山茶花帖】桑島儀兵衛

職人としてもまだいちにんめえにはなっちゃいねえ、――さぶ、おめえの気持はよくわかるが、おれたちにいま大事なのは自分のことだ、ここ二、三年でおれたちの一生がきまるんだ、 【さぶ】栄二

「女房は一生のものだ」と辰造は続けた、「人間の一生はなみかぜが多い、いつなに何が起こるかわからない、なにか事が起こったとき、惚れて貰った女房だと、――男は苦しいおもいをしなければならない、どんなふうにということは云えないが、男は苦しいおもいをするものだ」辰造はちょっと黙って、それからしんみな口ぶりで云った、「女に惚れたら惚れるだけにしろ、いいか、女房はべつに貰うんだ、わかったか」 【水たたき】辰造

その声はやわらかにやさしく、蜜をたっぷり掛けたプディングのように甘ったるいひびきをもっているが、言葉と言葉のあいまに、ぴしり、ぴしりと凄いような音の伴奏が聞える。近所のかみさんたちの話では、お尻を裸にして、物差で打つのだという。蜜をたっぷり掛けたプディングのような甘やかな声と、骨まで凍るような折檻の音とは、そのまますさまじい和音となって、聞く者の耳を突き刺すのであった。【季節のない街】

おれはここで寝起きしながら、ぼて振りをし、夜泣きうどん屋をした、おれはここからぬけだすが、一生このようにして生きてゆく人たち、一生このような生活からぬけだすことのできない人たちが無数にいるのだ、ここには動かしようのない事実がある、おれは生涯この事実を忘れないぞ【ながい坂】三浦主水正

おれは小三郎の昔から独りだった、いまも独りだしこれからも独りだ、なにかするには男はいつも独りでなければならない【ながい坂】三浦主水正

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