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「ながい苦労に堪えてゆくには」と母はそこへ坐って云った。「ごくあたりまえな、楽な気持でやらなければ続きません。心さえたしかなら、かたちはしぜんのままがいいのです。男になった気持などといっても、女はどこまでも女ですから、娘は娘らしいかたちで明るくやってゆかなければいけません……肩肱を張った暮しはながくは続きませんよ」【髪かざり】

「ながい苦労に堪えてゆくには」と母はそこへ坐って云った。「ごくあたりまえな、楽な気持でやらなければ続きません。心さえたしかなら、かたちはしぜんのままがいいのです。男になった気持などといっても、女はどこまでも女ですから、娘は娘らしいかたちで明るくやってゆかなければいけません……肩肱を張った暮しはながくは続きませんよ」【髪かざり】

きみはゆうべうなされてたか、と塾生に質問した。八田青年はこんどは狼狽の色もみせず、静かに先生に向って首を振った。「すると夢かな」と先生は呟いた、「なんだかそのう、苦しそうに唸うなるんだな、ほそうい声で唸るんだ」「猫ですよきっと」「いやそうじゃない、きずげになりそだって云うのを聞いたよ、いや猫じゃないな、あれは【季節のない街】

狐の話ではない、恋の話なんだ。狐のことも無関係ではないが、いや、相当に深い因果関係はあるんだが、だからといって、どちらも化かしあいという意味ですか、などという者があったら、私はそんな人間は犬と同じであり、くそたわけであり、屁こき猿であると云いたい。【大納言狐】

「――まじめに砂金を持って交換にいき、帰りに熊にやられて死んだ男は不運か、しかもなかまの二人は騙されたと思って、その男を呪いさえしたっていう、ちげえねえ、慥かにそいつは不運だろう、しかし、それがこのおれとなんのかかわりがある、冗談じゃあねえ、こっちは人間どうしのこった、金持が金の力で、目明しがお上の威光をかさに、なんの咎もねえ者を罪人にし、半殺しのめにあわせたんだぜ、――その男を殺した熊はけだものだが、こっちは現に江戸市中で、大手を振ってのさばってるんだ、あいつらに思い知らせてやらねえうちは、おらあ死んでも死にきれねえんだ」 【さぶ】栄二

「──意地や面目を立てとおすことはいさましい、人の眼にも壮烈にみえるだろう、しかし、侍の本分というものは堪忍や辛抱の中にある、生きられる限り生きて御奉公をすることだ、これは侍に限らない、およそ人間の生きかたとはそういうものだ、いつの世でも、しんじつ国家を支え護立てているのは、こういう堪忍や辛抱、──人の眼につかず名もあらわれないところに働いている力なのだ」【樅の木は残った】原田甲斐

「ながい苦労に堪えてゆくには」と母はそこへ坐って云った。「ごくあたりまえな、楽な気持でやらなければ続きません。心さえたしかなら、かたちはしぜんのままがいいのです。男になった気持などといっても、女はどこまでも女ですから、娘は娘らしいかたちで明るくやってゆかなければいけません……肩肱を張った暮しはながくは続きませんよ」【髪かざり】

一日が終ろうとする時刻になると、子供たちはみな、その一刻を逃がすまいとして遊びに熱中する。「時は去って帰ることがない」ということを本能的に感じ始めるのだ。【天地静大】

女はすり寄って、膳の隅にあった布巾を取り、郷臣の濡れた膝を拭こうとした。郷臣はその手を払いのけた。「こぼした酒は乾くが、しみの跡は消えやしない」【天地静大】

「主従とか夫婦、友達という関係は、生きるための方便か単純な習慣にすぎない、それは眼に見えない絆となって人間を縛る、そして多くの人間がその絆を重大であると考えるあまり、自分が縛られていることにも気がつかず、本当は好ましくない生活にも、いやいやひきずられてゆくんだ」 「おれはそんなふうに生きたくはない」【天地静大】水谷郷臣

人間は弱点の多いものだ。みんなそれぞれ過を犯している。しかしそれが弱点であり過であると知ったら、大悟一番、はじめからやり直すときだ……世間の評判などは良くも悪くも高が知れてる。そんなものは吹き過ぎる風ほどの値打もない。大切なのは自分の生命いっぱいに生きることだ。真実のありどころを見はぐらないことだ…【夜明けの辻】功刀伊兵衛

この世に起こること、人間のすることはすべて善い、愛したり憎んだり、斬ったり斬られたりしながら、それらすべての経験によって、人間ぜんたいが成長してゆくのだ、【天地静大】

「――うちのにお燗番をさせちゃだめですよ、燗のつくまえに飲んじまいますからね」 すると脇にいた女が、それではおまえさんの燗鍋はいつも温まるひまがないだろう、など云い、きゃあと笑い罵りあった。【雨あがる】

職人としてもまだいちにんめえにはなっちゃいねえ、――さぶ、おめえの気持はよくわかるが、おれたちにいま大事なのは自分のことだ、ここ二、三年でおれたちの一生がきまるんだ、 【さぶ】栄二

私が書く場合に一番考えることは、政治にもかまって貰えない、道徳、法律にもかまって貰えない最も数の多い人達が、自分達の力で生きて行かなければならぬ、幸福を見出さなければならない、ということなのです。一番の頼りになるのは、互いの、お互い同士のまごころ、愛情、そういうものでささえ合って行く…………… これが最低ギリギリの、 庶民全体のもっている財産だと私は思います。(「お便り有難う」 1960年)#fedibird

「なに云うの幸さん、今になってそんなことを」 「いや云わせて呉んな、おれはおまえが欲しかった、おまえを女房に欲しかったんだ、おまえなしには、生きている張合もないほど、おれはおせんちゃんが欲しかったんだ」 【柳橋物語】幸太郎

芸というものは、八方円満、平穏無事、なみかぜ立たずという環境で、育つものではない、あらゆる障害、圧迫、非難、嘲笑をあびせられて、それらを突き抜け、押しやぶり、たたかいながら育つものだ、【虚空遍歴】

「二時間でよ、おめえ」と一人が云った、「それも初めてだっていうだに、三度も幟がおっ立ったなんて考げえられっか」「買収しただな」と他の一人が云った、「女に金轡を嚙ましただ」【青べか物語 砂と柘榴】

罵り憎みあいながら一生ともにくらす夫婦もあり、まるっきり反対な性分だったのに、やがてだらしのないほど仲がよくなり、むつまじく折り合ってゆく夫婦もある。その一つ一つにはまた幾百千とも知れない変化があるだろうし、それらは人間のちから以上の、なにかの力に支配されているのではないか。【醜聞】

「ながい苦労に堪えてゆくには」と母はそこへ坐って云った。「ごくあたりまえな、楽な気持でやらなければ続きません。心さえたしかなら、かたちはしぜんのままがいいのです。男になった気持などといっても、女はどこまでも女ですから、娘は娘らしいかたちで明るくやってゆかなければいけません……肩肱を張った暮しはながくは続きませんよ」【髪かざり】

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