1日に4回ほど、山本周五郎(1903〜1967)作品から独断的恣意的引用をお届けします。text 鋭意増量中。やっと100 text を超えました。長文多いです。ご容赦願います。ほぼほぼ青空文庫など、無料で読める作品ばかりです。TLの賑やかしに、おじゃまでなければ、フォローお願いします。#日本文学HP…https://yamabot.jimdofree.com/
「これではまるで大家のお嬢さまのようでございますわ」 「越梅といえば京大坂から江戸まで知られた大家ですよ」もよ女は大きな胸を反らせながら云った、「——養女といえば娘なんですから、大家のお嬢さまに違いないでしょう、でもあたしのように肥ることはありません」【山茶花帖】もよ女#fedibird #日本文学
躄車に乗って残飯をねだるのも、他人の家のごみ箱をあさるのも、その当人がしているのではなく、生きているいのちに支配されているだけではないか。生命という無形のものが人間を支配して、あのようにみじめなことをしても死に至るまで生きようとさせるのではないだろうか、と冲也は思った。 「そこにはもうかれら自身はないのだ」と冲也は独りで呟いた、「——躄車で残飯をねだっているのはいのちだけで、老人そのものはそこにはいない、人間としての老人はもうその肉躰から去って、虚空のどこかをさまよっているんだ」【虚空遍歴】中藤冲也#fedibird #日本文学
もう一つは、現実の上に立たない生活がどんなに空虚なものかということである。じっさい、人が晩年になってから、自分の生き方は間違っていた、自分にはもっとほかの生き方があったのだ、そう思うくらい悲惨なことはありませんからね、 だって是れだけはどうしたってやり直すことができないんですから。【新潮記】#fedibird #日本文学
「人間は弱いもんだ、気をつけていても、ひょっと隙があれば、自分で呆あきれるようなまちがいをしでかす、……だれかれと限らない、人間にはみんなそういう弱いところがあるんだ、……ここをよく覚えておいて呉れ、いいか、……そんなこともあるまいが、長いあいだには、時三も浮気ぐらいするかもしれない、……そのときは堪忍してやれ、夫婦のあいだのまちがいは、お互いに堪忍しあい、お互いに劬り、助けあってゆかなくちゃならない、それが夫婦というものなんだよ」【寒橋】 伊兵衛#fedibird #日本文学
かなしいな、と彼は思った。男と女との結びつき、良人となり妻となることもかなしいし、二人のあいだに交わされる昂奮や陶酔や、さめたあとの飽満もかなしい。肌と肌を触れあい、同じ強烈な感覚にひたりながら、しんじつ二人がいっしょになることはないのだ。【虚空遍歴】#fedibird #日本文学
人間が生れてくるということはそれだけで壮厳だ。しかしもしその生涯が真実から踏み外れたものなら、その生命は三文の価値もない、狡猾や欺瞞はその時をごまかすことはできても、百年歴史の眼をもってすれば狐の化けたほどにも見えはしないぞ。【夜明けの辻】功刀伊兵衛#fedibird #日本文学
「あたしのことを本当に心配し、あたしのために本気で泣いて呉れたのは、この世の中で直さんたったひとりよ、──眼が見えなくなってから、初めてそれがわかったの、なんにも見えないまっ暗ななかで、じっと坐って考がえているうちに、だんだんそれがはっきりしてきたわ、……眼の見えるうちは気もつかないようなことが、見えなくなってからはよくわかるの、──あのひとを良人に選んだのは眼が見えたからよ、見えない今は声だけでわかるの、……なにもかもよ、直さん」【むかし今も】おまき#fedibird #日本文学
「早まった、お町どの、どうしてこんな」 「いいえ、いいえ、町はもう、欣弥の許へ嫁ぐとき死んでいたのでございます、ただ、今日まで、この仔細をあなたさまにお伝え申したいため、ただそのために屍を保っていたのです。 ……夏雄さま、お父上の敵は申上げたお二人、いま寺内に、家中の者十三名と待伏せている筈です、どうぞ……おぬかりなく」 【秋風不帰】お町#fedibird #日本文学
「おんなしこったに、たとえおめえらがいって来るにしろ、めんどくせえこたあやっぱりめんどくせえでねえ、おら他人がやるにしろ、めんどくせえこたあでえ嫌えだに」【似而非物語】杢助#fedibird #日本文学
「女房は一生のものだ」と辰造は続けた、「人間の一生はなみかぜが多い、いつなに何が起こるかわからない、なにか事が起こったとき、惚れて貰った女房だと、――男は苦しいおもいをしなければならない、どんなふうにということは云えないが、男は苦しいおもいをするものだ」辰造はちょっと黙って、それからしんみな口ぶりで云った、「女に惚れたら惚れるだけにしろ、いいか、女房はべつに貰うんだ、わかったか」 【水たたき】辰造#fedibird #日本文学
「伊曾保物語とは聞かぬな」「異国の賢者のことを書きましたもので、鳥獣虫魚のことに托して世態人情の善悪表裏をまことに巧みに記してございます」伊曾保物語とはいうまでもなく「イソップ物語」である。ずいぶんはやく、すでに文禄年間に翻訳されていたし、ついで慶長本、元和には活字本まで出ていた。【鏡】#fedibird #日本文学
人間は自分のちからでうちかち難い問題にぶっつかると、つい神に訴えたくなるらしい、――これがあなたの御意志ですかとね、それは自分の無力さや弱さや絶望を、神に転嫁しようとする、人間のこすっからい考えかただ、【おごそかな渇き】#fedibird #日本文学
増六はちょっと低頭し、額のところで十字の印を切った。「デウスはインビニイトとて始めも終りもなく、スピリツアルススタンシャとて、色形なき実躰、ヲムニボテンとて万事にかない、サゼエンチイシモとて上なき知恵の源、ジェスイモとて大憲法の本源、ミゼリカウルヂイシモとて大慈悲の源、そのほか諸善万徳の源なのです」【正雪記】増六#fedibird #日本文学
「――人間には自然を征服するどころか、破壊することもできやしない、山を崩し、谷を埋め、海や川を改変し、死の灰で地を蔽おおっても、自然の一部に小さな、引っ掻き傷をつくるくらいがせきのやまだ」【おごそかな渇き】 松山隆二#fedibird #日本文学
「妻も子もなく、親しい知人もないのだろう、木賃宿からはこびこまれたのだが、誰もみまいに来た者はないし、彼も黙ってなにも語らない、なにを訊いても答えないし、今日までいちども口をきいたことがないのだ」去定は溜息をついた、「この病気はひじょうな苦痛を伴うものだが、苦しいということさえ口にしなかった、息をひきとるまでおそらくなにも云わぬだろう、――男はこんなふうに死にたいものだ」【赤ひげ診療譚 駈込み訴え】新出去定#fedibird #日本文学
芸というものは、八方円満、平穏無事、なみかぜ立たずという環境で、育つものではない、あらゆる障害、圧迫、非難、嘲笑をあびせられて、それらを突き抜け、押しやぶり、たたかいながら育つものだ、【虚空遍歴】#fedibird #日本文学
「――まじめに砂金を持って交換にいき、帰りに熊にやられて死んだ男は不運か、しかもなかまの二人は騙されたと思って、その男を呪いさえしたっていう、ちげえねえ、慥かにそいつは不運だろう、しかし、それがこのおれとなんのかかわりがある、冗談じゃあねえ、こっちは人間どうしのこった、金持が金の力で、目明しがお上の威光をかさに、なんの咎もねえ者を罪人にし、半殺しのめにあわせたんだぜ、――その男を殺した熊はけだものだが、こっちは現に江戸市中で、大手を振ってのさばってるんだ、あいつらに思い知らせてやらねえうちは、おらあ死んでも死にきれねえんだ」 【さぶ】栄二#fedibird #日本文学
「人を殺しても悪かったと一度も思わぬような奴は、やくざの気風かも知れぬが、人間じゃあない犬畜生だ、犬畜生を親の敵と狙う私じゃあありません──だが、悪い事をしたと後悔して、人らしくなればお父さんの仇、今こそ恨みを晴らさなければなりません、甲府の小父さん──放して下さい」【無頼は討たず】半太郎#fedibird #日本文学
Fedibirdの最新機能を体験できる https://fedibird.com の姉妹サーバです